京都三名水 京都は水の都?

晴明井(晴明神社)の水を飲み忘れたことを思い出し、今更悔やんでいる私。
京都は水の都。(ちょっと強引?)街の中心を中流域の川が流れていますし、名水と謳われる井がそこかしこにあります。
京都の食文化、伝統工芸の発展も、良質で潤沢な水が身近にあったからこそ。滝沢馬琴も著書に「京によきもの三つ、女子、加茂川の水、寺社」とあげておりますし。
京都三名水をめぐり、飲み比べるのもいいなぁ〜って、可能なことでしょうか?調べてみました。
京都三名水は次の通り!

【京の名水1】染井(そめい)の井戸/梨木神社(なしのきじんじゃ)
京都御苑の東側には、萩の名所として有名な梨木神社があります。
梨木神社の周辺(京都御苑東側)の通りは、森林浴ができるほど多くの樹木で、囲まれています。
その豊かな緑が、水脈のありかを物語っているようです。
(↓見るだけで、深呼吸したくなりませんか?)
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それもそのはず。
関西大学の調査によると、京都盆地の地下水は、琵琶湖に匹敵する水量なのだそうです!京都盆地+巨大な水がめ。
京都の夏の厳しい蒸し暑さ、冬の底冷えも、これでよく理解できます。
梨木神社の手水舎の井戸、染井の水。
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nashinoki5s.jpg染井の由来は、宮内の染所として使用されていた場所であり、この井戸の水で染め物をすると、きれいに染まるから、とされています。
「京の三名水」の内、唯一現存する水と案内板には書いてあります。
京都御所散策の際、立ち寄ると、いつもどなたかが水を汲みに来られています。(時には行列になっている)いつかこのお水でお茶を点てたいと思い続けて数年経過中、、

【京の名水2】醒ヶ井(さめがい)
醒ヶ井の水は、かの千利休も用いていた水。
現在は、1803年創業、京菓子の老舗、亀屋良長さんの敷地内井戸で、豊富な地下水が湧き出ているそうです。
一時枯れていたそうですが、社屋改装の際、掘り直し、蘇ったとか。
亀屋良長さんの京菓子すべてに、醒ヶ井の水が使用されているとのこと。

代表菓子は、江戸時代から代々受け継がれている「烏羽玉(うばたま)」沖縄産黒糖を使用し、こしあんを丸く練り固めた和菓子(4個入り315円)
店内には茶房があり、生菓子をいただくことができます。

また、亀屋良長さんでは和菓子の手作り体験教室をされています。(要予約)お店は四条通に面しているので、すぐにわかります。

【京の名水3】県井(あがたのい)
長く枯れたままでしたが、京都御苑管理事務所(環境庁)によって、1997年に復活しました。
新しい県井は、地下水をポンプでくみ上げています。
災害時の非常飲料水として使えるように、水は浄化・消毒済みですが、「井戸水ですので飲まないように」とのことです。
県井は、中立売御門(京都御苑にある9つの門の一つ。御所西側)北側の旧一条家の屋敷跡にあり「大和物語」では、病気を治す不思議な水として紹介されています。

水へのこだわりと言えば。

京都東山にある京料理の名店、菊乃井。
ご主人の村田吉弘氏は、NHKの料理番組などでおなじみです。
東京赤坂にある支店、菊乃井赤坂店(2004年開業)では、お料理に 使う水を、わざわざ京都から運んで使用しているそうです。
菊乃井の店名は、菊の花が咲くように湧き出たという菊水の井が由来。
その井戸を代々の当主が守りながら、京懐石の料亭を営んできました。
北の政所ねね(秀吉の正室)の御用水だった、という伝説が残る名水です。
料理の礎は水!
所変われば水も変わる、料理の味も変わる、では困りますもの。
やはり名店は、こだわりが違いますね!



梨木神社(なしのきじんじゃ)
京都市上京区寺町通広小路上ル染殿町
MAP
075-211-0885
6:00〜17:00

亀屋良長(かめやよしなが)
京都市下京区四条通堀川東入ル醒ヶ井角
075-221-2005
09:00〜18:00
無休
市バス:四条堀川下車すぐ

京都御苑
京都府京都市上京区京都御苑
MAP
075-211-6348(京都御苑管理事務所)

京料理 菊乃井
京都府京都市東山区祇園円山真葛ヶ原
075-561-0015
不定休(年末・年始休みあり)

魔界京都☆平安京は呪われた都!?

京都1200年の歴史には、コワ〜いお話もチラホラ。
1200年、平安京(794年ナクヨ、ウグイスです)から続く京都の歴史。
気の遠くなるような歳月です。

まぁコワいといっても、平安時代のお話ですから、もう伝説に近い。
リアルな現代の幽霊話のほうが、よっぽどコワい。
怖がりのクセに、京都での学生時代、知り合いに霊感の強い方がいて、時々聞いてました。(というか、聞かされた)
また機会がありましたら、記事にします。(しないほうがいいかな)

では、平安京遷都について。
平安京の前の都は、長岡京。
僅か10年の短命に終わった都です。(懐かしい日本史)

時の天皇、桓武天皇は、奈良の仏教勢力からの影響を薄めるため、平城京(奈良)から長岡京(京都)へ遷都します。
遷都については、他の理由もあるようです。

長岡京は、交通の要所でもある桂川のほとりに作られましたが、頻繁に氾濫、その上、長岡京の造営長官であった藤原種継(ふじわらのたねつぐ)が何者かによって暗殺されるという事件が起きます。

その容疑は、桓武天皇の実弟、早良親王(さわらしんのう)にかけられました。なぜ〜?
早良親王は無実を訴えたにもかかわらず、淡路島に配流され、桓武天皇に恨みを抱いたまま死去。
その後、桓武天皇の周りでは、不幸が相次ぎ、早良親王の怨霊が噂されるようになります。

その長岡京から北東、風水でいう鬼門にあたる方角へ平安京は造営されます。 桓武天皇は、鬼門という方角を、ことのほか気にされていたとか。
早良親王の怨霊の件もありますし、当然といえば当然です。

平安京は400年近く続きますが、長岡京同様、天災、飢饉疫病が重なること度々。
その一因には、先の早良親王にはじまる、政争に巻き込まれ、無罪で命を落とした者たちの怨念があったといいます。

天災による鴨川の氾濫は、飢饉や疫病に拍車をかけます。
ここで登場するのが、以前にもご紹介した秦氏。
秦の始皇帝の子孫ともいわれる秦氏の財力、治水技術などなくして、平安京創生はなかったでしょう。

あわせて、平安京は、怨霊封じの対策も取られた都市でもありました。

京都のもう一つの側面がイメージできましたでしょうか?

その平安の代に、卓越した能力で活躍したのが陰陽師・安倍晴明です。

関連記事
吉相京都
伏見稲荷大社(秦氏)
晴明神社と一条戻り橋

京都の和菓子店 特徴と心得

京都の和菓子屋さんの、ある特徴。
それは、敷居高め(?)と、庶民感覚の菓子屋さん、大きく分けて2通りあるところです。


寺院や茶道家などに納められる干菓子、上生菓子、またお土産や贈答品など、おもたせは「お菓子屋はん(敷居高め)」で。


手軽に購入でき、おやつ感覚で食べる和菓子は「おまん屋はん(庶民派)」といった具合。


最近では、昔のような区別はなくなってきているとは言うものの、注文分しか作らない、お菓子屋さんはあります。
いわゆる「一見さんお断り」です。


しかし、これには理由があります。
生菓子は、当たり前ですが、生もの。
材料にもこだわり、一度に作る量も限られる。そして何より作りたてが一番美味しい。
また、家族経営されているところも多く、作り手が限られる。
ゆえに、予約販売となるわけです。
一見さんお断り=敷居が高い、という考えは浅薄なのかもしれません。


それを心得ずして、暖簾をくぐっても「うっとこは、予約のみどす」と断られること当然。
どうしても、このお店の、この生菓子が食べたい!というものがあれば、事前に予約すればいいだけです。
季節ごとの上生菓子など、オススメを尋ねて、予約するのも良いですね。
お店ごとに違った趣向があるはず。


京都の和菓子は、四季という大雑把な区切りではなく、二十四節季ごとの花鳥風月が、表現されているのです。


自分好みの和菓子を探すのも、京都旅行の醍醐味!
時間の無い方や、予約までして和菓子は、、という方は、京都のデパ地下のお菓子売り場がオススメ。名店のショーケースを見て歩くだけでも、楽しいですよ。


お菓子屋はんの上生菓子を、食べ比べ。
また京都旅行の楽しみ(課題?)が増えました。

吉相京都

京都の地形は、風水でいう吉相。
四神相応の地相とされています。


四神相応とは?


四方(東西南北)を司る神と、その神にふさわしい地形。


北=玄武(げんぶ) 山、大岩、丘陵
東=青竜(せいりゅう)大川、清流
西=白虎(びゃっこ) 大通り
南=朱雀(すざく) 平野、大池


京都の地形は、まさにこの吉相にあてはまります。
この考えに則って、1200年前、平安京は遷都されました。
東京(江戸)も然り。


因みに、京都の北東、鬼門には比叡山延暦寺が位置します。


先日ご紹介した京都駅
空間を贅沢に使っている、と書きました。
それは、京の町を流れる風水の気を塞き止めず、通りよくすることを配慮したのだとか。


数多くの世界遺産の現存は、風水パワーを享受しているから、と思わずにいられません!
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